イギリスで徒然草(旧・ランカスター日記)

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Shohamy@LTRC

すっごく遅くなりましたが、先月の学会LTRCでの
印象的なビッグネームについて、
もう1記事書こうと思っていたのでした。

それはElena Shohamy
Bachmanのような、理論的枠組みを整備した人とは違いますが
またこの人も、言語テスト論では知らない者のいないであろう
ビッグネームです。

彼女は今回のLTRCで、この分野にその研究人生を通じて
多大な貢献をした人にだけ与えられる
Lifetime Achievement Awardを受賞し、
学会最終日にスピーチを行いました。

Shohamyは、Critical Language Testingという
言語テストが社会へ及ぼす影響から
さまざまなバイアスの研究を行う分野の第一人者です。

受賞スピーチは、何が彼女をこの分野へと駆り立てたか、
彼女の生い立ちから振り返ってゆき
今後言語テスト研究者・作成者たちの課題は何か、を
解いていく内容のものでした。
大変面白く、Critical Language Testingについて
深く知らない私でも引き込まれるスピーチでした。

8歳のときに両親に連れられ、アメリカから祖先の故郷イスラエルへ
戻ったShohamy。
当時イスラエルは、イディッシュ語とたった一票の差で
公用語をヘブライ語にすることを決定し、それ以外の言語の使用を徹底排除する
という政策を打ち出しました。
このような状況の下では、ヘブライ語が使えない人は
事実上、社会の落伍者となるわけです。

ヘブライ語の流暢な使い手となれなかったために
社会になじめず、「不成功な」人生を送った
祖母(イディッシュ語メイン話者)と父(英語メイン話者)の姿を
目の当たりにし、Shohamyはそこから言語政策、言語テストへの疑問を
追究するようになります。

当時のさまざまなポスターやテスト問題のスライドを交えながら
聴衆を引き込んでいく彼女の姿に、「この人を駆り立てているのは
怒り、そして途方もない情熱なんだ」と感じさせられました。

私は、日本で大学3年生だったときに
言語テスト受験時の不安についてすごく興味があった時期があり、
そんなときに先輩に「ShohamyのPower of Testsっていう本が
役に立つかも」とアドバイスを受けて、彼女の本を買って
読みました。

そのときの私の興味は、日本の学校の教室とか
日本の英語テストにおける、非常に限定的な「不安」にあったので
彼女の本で関連すると思われる箇所は数ページくらいしかなく、
「どうしてこんなに私はこの人の議論がピンとこないんだろう」
と疑問に思った記憶があります。

その疑問が、ここに来て氷解しました。
Shohamyを取り巻いてきた、国の非情な言語政策による
複雑な言語環境を知らずして、あの本がわかるはずもなかった。

今でも、強制的言語政策という意味では
ヨーロッパでも東欧・中欧のあたりで
言語の「清浄化(Purification)」と称して
外来語を徹底的に排しようとするような動きが
根強く残っていたりします。
その爪跡を辿る研究が、博士論文のテーマになったり
するくらいですから・・・

日本語以外の他言語を有無を言わさず強制するような
言語政策が行われてこなかった。
すべての学校教科を日本語で学ぶことができ、
社会におけるメイン言語も日本語である。
日本語を母語とする人間にとっては、
日本はとても恵まれているといえます。

そのせい(?)で、英語を公用語とする
他のアジア諸国に比べて「英語ができない」などと
言われるわけですが・・・
歴史背景があまりにも違うので、この単純な比較は
本当に無意味だと思います。

イギリスに来てから、ヨーロッパが身近になり、
日本とのいろいろな違いに驚きどおしでしたが、
社会とはこんなにも違うものか、と
改めてしみじみ感じさせられた瞬間でした。

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