(1から続いてます)
もちろん、その収穫は、「博論書けた」ということだけによるものではありません。
博論を書くにあたって、取り巻かれた環境から学んだことも本当にたくさん
あります。
そのなかの大きな一つが、共働きで子どもも育てながら
立派に研究キャリアも追求している女性を間近に何人も見られたことですね。
これは、将来に向けて大きな励ましとなりました。
イギリスは産休や育休制度が充実しているし、
男性も女性も定時(17時)でほぼ必ず帰るし、保育所も充実しているし、
日本とはかなり様子が違います。
また、それに伴って男性の家事スキルや育児意識も
ずいぶん進んでいます。
(むしろイギリス女性は料理ができない人が多いとか・・・
それはそれでまた新たな問題が出てくるようです)
究極的には、自分がキャリアを追求できるかどうかは、
たとえば夫も自分も健康で体力があり、自分のマルチタスキング能力が高く、
夫も協力的で、子どもも元気で、通勤に便利なところに保育所があり・・・・・・などの
いろいろな条件がうまく揃わなければかないません。
それはイギリスでも同じことですが、
「実際できている人がたくさんいる、
そして彼女たちは人生を楽しんでいる」という実例を
たくさん見られたことは、「頑張れば私もできるかも」という希望を
持たせてくれました。
もちろん、男女平等を推進し、弱者への社会福祉を充実させてきた裏では、
そのマイナス面も色濃く影を落としています。
女性の権利を守り、女性が1人でも子育てしていけるように
手厚い保護をしてきた反面、生活保護受給のシングルマザー家庭、
十代で妊娠(そして学校教育を全うしない)女子が増加の一途を辿ります。
これは日本の比のみならず、ヨーロッパ内でも類をみない高い比率だそうです。
福祉が充実しているから、男も責任感が薄れているのかもしれません
(1人で妊娠できるわけじゃないのにまったく腹立たしい!!!)。
特に、十代でシングルマザーとなって生活保護を受給している家庭では、
生活保護でずっと育った子どももそれ以外の生活を知らないので、
またシングルマザーや、生活保護に頼る男となり、ネガティブな連鎖に
陥っていくケースが多いようです。
平日の真昼間から、中学生?せいぜい高校1年でしょ?という感じの女の子が
バギーを押して街を歩いている姿を見ると、悲しくなります。
子どもは可愛いだろうけど、あなたにもまだまだ無限の可能性があるのに、と。
しかもそれが日常の光景なのです。
だからイギリスの社会が手放しで礼賛できるとは全く思っていません。
でも私にとっては、日本で感じていた閉塞感から解放してくれた場所でした。
日本では、「博士課程行くの?うわー結婚できないね」などと、
男性に言われることがありました。
学歴が高くなると男性が寄ってこなくなるからだそうで、
そしてそれはおそらく真実なのでしょう。
その点、イギリスでは結婚しない人も多いし、
上記のとおりシングルマザーも普通だし、
長く独身でいても後ろ指を刺されたりしないし、
30,40,50代になっても大学に勉強しに戻ってくる人もたくさんいますし
「え、その年まで学生って一体なにやってんの?しかも女で?
人生どうすんの?」という空気が全然なかったことは
本当に楽でした。
それから、何よりも、「博士課程にいます」と言っても
まったく気にしないどころか、「情熱をもって研究している君がいい」と支えてくれる
イギリス人男性に出会い、結婚に至ったこと。
研究がうまくいかなくて不安定になって泣いても、
病気しても必ずそばにいてくれる人がいるというのは
本当に心強い支えでした。
いや、マジでイギリス紳士つかまえた自分、GJ!(笑)
4年前にイギリスにやって来たときは
国際結婚することになるなんて思いも寄りませんでしたし、
3年前に今の夫と出会ったときも
「自分は日本語を話さない人とは絶対に結婚したいと思えるほど
わかりあえないだろうなぁ」と堅く信じていたというのに・・・
人生は本当にわからないものです。
4年前、3年前はおろか、1年前に今自分が日本に帰って
大学の教員になっているとも思ってなかったわけですから、
あまりに長期的プランなんて役に立ちませんね。
なので、蘭華は
「先のことはわからない!しなやかにしたたかに生き延びる術はただ1つ、
柔軟でいることのみ!」
を身上としたいと思います。
なにか大事な決断や選択を迫られることになったら、
たくさん考えて、話して、自分の直感に素直になって、
ベストだと思うものを選ぶ。
そうすれば、後悔することにはならないと思うし、
しても踏ん切りがつくし、何よりも
後悔しないように、その選択が合っていたと言えるように
その後もベストを尽くすことができると思うのです。
これからも精進します。
ありがとう、イギリス。
支えてくれた多くの人たちに深く感謝申し上げて、
留学の総括としたいと思います。
(まだブログはもう少し書くつもりです)
もちろん、その収穫は、「博論書けた」ということだけによるものではありません。
博論を書くにあたって、取り巻かれた環境から学んだことも本当にたくさん
あります。
そのなかの大きな一つが、共働きで子どもも育てながら
立派に研究キャリアも追求している女性を間近に何人も見られたことですね。
これは、将来に向けて大きな励ましとなりました。
イギリスは産休や育休制度が充実しているし、
男性も女性も定時(17時)でほぼ必ず帰るし、保育所も充実しているし、
日本とはかなり様子が違います。
また、それに伴って男性の家事スキルや育児意識も
ずいぶん進んでいます。
(むしろイギリス女性は料理ができない人が多いとか・・・
それはそれでまた新たな問題が出てくるようです)
究極的には、自分がキャリアを追求できるかどうかは、
たとえば夫も自分も健康で体力があり、自分のマルチタスキング能力が高く、
夫も協力的で、子どもも元気で、通勤に便利なところに保育所があり・・・・・・などの
いろいろな条件がうまく揃わなければかないません。
それはイギリスでも同じことですが、
「実際できている人がたくさんいる、
そして彼女たちは人生を楽しんでいる」という実例を
たくさん見られたことは、「頑張れば私もできるかも」という希望を
持たせてくれました。
もちろん、男女平等を推進し、弱者への社会福祉を充実させてきた裏では、
そのマイナス面も色濃く影を落としています。
女性の権利を守り、女性が1人でも子育てしていけるように
手厚い保護をしてきた反面、生活保護受給のシングルマザー家庭、
十代で妊娠(そして学校教育を全うしない)女子が増加の一途を辿ります。
これは日本の比のみならず、ヨーロッパ内でも類をみない高い比率だそうです。
福祉が充実しているから、男も責任感が薄れているのかもしれません
(1人で妊娠できるわけじゃないのにまったく腹立たしい!!!)。
特に、十代でシングルマザーとなって生活保護を受給している家庭では、
生活保護でずっと育った子どももそれ以外の生活を知らないので、
またシングルマザーや、生活保護に頼る男となり、ネガティブな連鎖に
陥っていくケースが多いようです。
平日の真昼間から、中学生?せいぜい高校1年でしょ?という感じの女の子が
バギーを押して街を歩いている姿を見ると、悲しくなります。
子どもは可愛いだろうけど、あなたにもまだまだ無限の可能性があるのに、と。
しかもそれが日常の光景なのです。
だからイギリスの社会が手放しで礼賛できるとは全く思っていません。
でも私にとっては、日本で感じていた閉塞感から解放してくれた場所でした。
日本では、「博士課程行くの?うわー結婚できないね」などと、
男性に言われることがありました。
学歴が高くなると男性が寄ってこなくなるからだそうで、
そしてそれはおそらく真実なのでしょう。
その点、イギリスでは結婚しない人も多いし、
上記のとおりシングルマザーも普通だし、
長く独身でいても後ろ指を刺されたりしないし、
30,40,50代になっても大学に勉強しに戻ってくる人もたくさんいますし
「え、その年まで学生って一体なにやってんの?しかも女で?
人生どうすんの?」という空気が全然なかったことは
本当に楽でした。
それから、何よりも、「博士課程にいます」と言っても
まったく気にしないどころか、「情熱をもって研究している君がいい」と支えてくれる
イギリス人男性に出会い、結婚に至ったこと。
研究がうまくいかなくて不安定になって泣いても、
病気しても必ずそばにいてくれる人がいるというのは
本当に心強い支えでした。
いや、マジでイギリス紳士つかまえた自分、GJ!(笑)
4年前にイギリスにやって来たときは
国際結婚することになるなんて思いも寄りませんでしたし、
3年前に今の夫と出会ったときも
「自分は日本語を話さない人とは絶対に結婚したいと思えるほど
わかりあえないだろうなぁ」と堅く信じていたというのに・・・
人生は本当にわからないものです。
4年前、3年前はおろか、1年前に今自分が日本に帰って
大学の教員になっているとも思ってなかったわけですから、
あまりに長期的プランなんて役に立ちませんね。
なので、蘭華は
「先のことはわからない!しなやかにしたたかに生き延びる術はただ1つ、
柔軟でいることのみ!」
を身上としたいと思います。
なにか大事な決断や選択を迫られることになったら、
たくさん考えて、話して、自分の直感に素直になって、
ベストだと思うものを選ぶ。
そうすれば、後悔することにはならないと思うし、
しても踏ん切りがつくし、何よりも
後悔しないように、その選択が合っていたと言えるように
その後もベストを尽くすことができると思うのです。
これからも精進します。
ありがとう、イギリス。
支えてくれた多くの人たちに深く感謝申し上げて、
留学の総括としたいと思います。
(まだブログはもう少し書くつもりです)
ずいぶん間が空いてしまいました。なんとか生きてます。
今は仕事量がとても少ないので、12月にあるランカスターの卒業式に行けることに
なりました。夫とも会えるし、うれしいな!
ということで、つらつらと考えた、留学を通した今の気持ちを書き綴ってみようかなと。
イギリスに来たことで、人生についてよく考えました。
そして価値観が変わり、いろいろなものから自由になりました。
「博士論文を書くこと」が至上命題であり、周りもそれを目指す学生だらけで、
究極的にはその一点のみが自分が評価される面であったこと。
ほかに何が出来ても、友達がたくさんいても、おしゃれをしていても、
課外活動で活躍していても、肝心の論文が進んでいなければ
「あの人、一体なにやってんの?」と思われる。
そんな環境だったので、もともと外にバリバリ出る方ではありませんでしたが
真の引きこもりとなり、周りの目を気にしなくなりました。
まず田舎だからおしゃれな人は少ないし、学内では誰も人の服装なんて気にしてません。
もともと化粧も嫌いでしたし、お金もなかったし。
それから、お金がないので、買うものをよく検討するようになりました。
論文を書く上での思考が鍛えられたこともあって、情報の吟味をし、
リサーチをするようになりました。
ニュース記事もそうですし、広告なんかもそうです。
統計のこともずいぶん勉強しましたし、統計解釈の落とし穴にも慎重になりました。
たぶん、この先もナントカ製法で開発されたとか、
よく知られていない成分を持ち出してすごい薬効をうたう新化粧品や食品には
手を出さないと思います。
裏づけとして、納得できる学術記事が出版されていない限りは。
博士3年目に入って、論文の道筋が見えて、研究楽しいなと心から思えるまで、
「こんなんでいいんだろうか」という意識はどこかにずっとあって、
辛いときがありました。
研究者の卵として研究を楽しむ自分と、
なんというか、まだ「俗世」に未練がある自分がいたから。
「俗世」というと言葉が悪いですが、研究以外の世界のことです。
自分がずーーっと学生でいる間、立派に社会人をしている日本の姉弟や
友人たちの近況を聞いたり、たまに日本に帰れば女性はとっても綺麗でおしゃれで
いろいろなことを頑張っていて、いいなあ、とうらやましく思うことがたくさんありました。
でも、博士論文が終わってみて、静かな充足感が
自分の中に芽生えているのを実感します。
博士論文で調べられることなんて、広い宇宙の中で
ほんの針先の一目をきざむようなものですが、
それでもその一点においては、自分にしかできない研究をし、
他の誰よりも深く思考した、という事実は揺るぎのないものです。
その意味でこの充足感は絶対であり、決して奪われることのない、
私だけのものです。これを得て初めて、
ああ、博士号とってよかった、と本心から言えるようになったと思います。
あとは、我慢強くなりましたし、多様性をより広く受け入れられるようになった
と思います。イギリスが日本に比べてのんびりしていて、
多様性に寛容な国だからです。
「あ〜こんなこともありなんだ〜」「まあしょうがないかー」と
いろいろなことに関して思えるようになった気がします。
東京に住んでいた頃のように、電車が2分くらい遅れたって
大したことないじゃない、そんなに急いでも結局
目的地に着く時間の差なんて5分もないよ、とか。
ゆるゆるのイギリスによく立腹もしましたが、同時に鍛えられたんですね(笑)
考えてみれば、物心ついてからずっと「競争」「効率」「間違わない」を意識して
緊張して、できない自分をずっと否定して焦って生きてきたような気がしますが、
ゆるいイギリスと、さぼりながらもなんとか博士論文を書き上げられたことで
「もういいや」と思えるようになった。・・・のかな。たぶん。
ちゃんと逃げずに頑張れたから、ようやく自己肯定ができるようになった。
これは私にとっては大収穫です。
今は仕事量がとても少ないので、12月にあるランカスターの卒業式に行けることに
なりました。夫とも会えるし、うれしいな!
ということで、つらつらと考えた、留学を通した今の気持ちを書き綴ってみようかなと。
イギリスに来たことで、人生についてよく考えました。
そして価値観が変わり、いろいろなものから自由になりました。
「博士論文を書くこと」が至上命題であり、周りもそれを目指す学生だらけで、
究極的にはその一点のみが自分が評価される面であったこと。
ほかに何が出来ても、友達がたくさんいても、おしゃれをしていても、
課外活動で活躍していても、肝心の論文が進んでいなければ
「あの人、一体なにやってんの?」と思われる。
そんな環境だったので、もともと外にバリバリ出る方ではありませんでしたが
真の引きこもりとなり、周りの目を気にしなくなりました。
まず田舎だからおしゃれな人は少ないし、学内では誰も人の服装なんて気にしてません。
もともと化粧も嫌いでしたし、お金もなかったし。
それから、お金がないので、買うものをよく検討するようになりました。
論文を書く上での思考が鍛えられたこともあって、情報の吟味をし、
リサーチをするようになりました。
ニュース記事もそうですし、広告なんかもそうです。
統計のこともずいぶん勉強しましたし、統計解釈の落とし穴にも慎重になりました。
たぶん、この先もナントカ製法で開発されたとか、
よく知られていない成分を持ち出してすごい薬効をうたう新化粧品や食品には
手を出さないと思います。
裏づけとして、納得できる学術記事が出版されていない限りは。
博士3年目に入って、論文の道筋が見えて、研究楽しいなと心から思えるまで、
「こんなんでいいんだろうか」という意識はどこかにずっとあって、
辛いときがありました。
研究者の卵として研究を楽しむ自分と、
なんというか、まだ「俗世」に未練がある自分がいたから。
「俗世」というと言葉が悪いですが、研究以外の世界のことです。
自分がずーーっと学生でいる間、立派に社会人をしている日本の姉弟や
友人たちの近況を聞いたり、たまに日本に帰れば女性はとっても綺麗でおしゃれで
いろいろなことを頑張っていて、いいなあ、とうらやましく思うことがたくさんありました。
でも、博士論文が終わってみて、静かな充足感が
自分の中に芽生えているのを実感します。
博士論文で調べられることなんて、広い宇宙の中で
ほんの針先の一目をきざむようなものですが、
それでもその一点においては、自分にしかできない研究をし、
他の誰よりも深く思考した、という事実は揺るぎのないものです。
その意味でこの充足感は絶対であり、決して奪われることのない、
私だけのものです。これを得て初めて、
ああ、博士号とってよかった、と本心から言えるようになったと思います。
あとは、我慢強くなりましたし、多様性をより広く受け入れられるようになった
と思います。イギリスが日本に比べてのんびりしていて、
多様性に寛容な国だからです。
「あ〜こんなこともありなんだ〜」「まあしょうがないかー」と
いろいろなことに関して思えるようになった気がします。
東京に住んでいた頃のように、電車が2分くらい遅れたって
大したことないじゃない、そんなに急いでも結局
目的地に着く時間の差なんて5分もないよ、とか。
ゆるゆるのイギリスによく立腹もしましたが、同時に鍛えられたんですね(笑)
考えてみれば、物心ついてからずっと「競争」「効率」「間違わない」を意識して
緊張して、できない自分をずっと否定して焦って生きてきたような気がしますが、
ゆるいイギリスと、さぼりながらもなんとか博士論文を書き上げられたことで
「もういいや」と思えるようになった。・・・のかな。たぶん。
ちゃんと逃げずに頑張れたから、ようやく自己肯定ができるようになった。
これは私にとっては大収穫です。
もう8月も終わりですね。
前回の結婚報告から蘭華が一体なにをやっていたかと言うと、
引っ越ししてました。
この8月から日本の大学で雇っていただくことになり、
結婚してから10日後、日本へ帰って荷造りを三日で行い、
赴任地へ飛びました。
論文は7月に最終版を提出して認められ、無事に博士の学位を
得ることができましたが、感慨にひたる間もなく
怒涛の日々が始まりました。
夫はまだしばらくイギリスで仕事をするので、
一人で海外引っ越しと国内引っ越しの連続は
本 当 に しんどかったです…(TДT)
イギリスでは寮でも家でも、少なくとも最低限の家具は付いている物件にしか
住んだことがなかったので、一からテーブルや椅子、ガステーブルや
収納家具、照明器具を買ってなんとかするのはすごく大変でした。
冷蔵庫、洗濯機、電子レンジはレンタルです。
なんで日本には家具付き物件が(ほとんど)ないの!?とキレまくりながら
作業してました。
当然、PhDの3年を過ぎたらすべて自腹なので
(学費は「書き上げ段階」ということで格安になりましたが)、
助手などをしつつも貯金を少しずつ食いつぶしながらの
生活だったため、日本に帰る頃には引っ越し代で吹っ飛ぶくらいの
残高しかありませんでしたし…。
そんなわけで(?)、新居にはまだカーテンもありません!!
(洋服で代用中)
あと、居間に置くちゃぶ台もありません。(段ボールで代用中)
たまに面倒だけど、なければないでなんとかなるもんですね。
今住んでいるところは勤務先の寮みたいなものでとっても古いので、
お風呂の給湯器なんて面白いことになっていますが
だんだん慣れてきました。
無事に、「住めば都」になりつつあります。
今後、目下の課題は、日本の食材のバリエにうかれて
ランカスター在住時の二倍近くに膨れ上がった食費の管理
(食べる量が増えたわけではないのに…正直なぜかわかってない)と
車を今買うか・来春買うかの決断、冬の暖房器具の検討です。
(暖房器具は、北なのでもうお盆をすぎたら秋の気配なので
もう検討しないといけない感じなのです。東京となんという違い…)
この「ランカスター日記」、ランカスター在住ではなくなったので
どうしようかなと考えているのですが、
しばらくはまだイギリス生活について思い出したように書いていきたいと
思うので、まだ終わらせずにおきます。
また時々のぞいてやってくださいね。
前回の結婚報告から蘭華が一体なにをやっていたかと言うと、
引っ越ししてました。
この8月から日本の大学で雇っていただくことになり、
結婚してから10日後、日本へ帰って荷造りを三日で行い、
赴任地へ飛びました。
論文は7月に最終版を提出して認められ、無事に博士の学位を
得ることができましたが、感慨にひたる間もなく
怒涛の日々が始まりました。
夫はまだしばらくイギリスで仕事をするので、
一人で海外引っ越しと国内引っ越しの連続は
本 当 に しんどかったです…(TДT)
イギリスでは寮でも家でも、少なくとも最低限の家具は付いている物件にしか
住んだことがなかったので、一からテーブルや椅子、ガステーブルや
収納家具、照明器具を買ってなんとかするのはすごく大変でした。
冷蔵庫、洗濯機、電子レンジはレンタルです。
なんで日本には家具付き物件が(ほとんど)ないの!?とキレまくりながら
作業してました。
当然、PhDの3年を過ぎたらすべて自腹なので
(学費は「書き上げ段階」ということで格安になりましたが)、
助手などをしつつも貯金を少しずつ食いつぶしながらの
生活だったため、日本に帰る頃には引っ越し代で吹っ飛ぶくらいの
残高しかありませんでしたし…。
そんなわけで(?)、新居にはまだカーテンもありません!!
(洋服で代用中)
あと、居間に置くちゃぶ台もありません。(段ボールで代用中)
たまに面倒だけど、なければないでなんとかなるもんですね。
今住んでいるところは勤務先の寮みたいなものでとっても古いので、
お風呂の給湯器なんて面白いことになっていますが
だんだん慣れてきました。
無事に、「住めば都」になりつつあります。
今後、目下の課題は、日本の食材のバリエにうかれて
ランカスター在住時の二倍近くに膨れ上がった食費の管理
(食べる量が増えたわけではないのに…正直なぜかわかってない)と
車を今買うか・来春買うかの決断、冬の暖房器具の検討です。
(暖房器具は、北なのでもうお盆をすぎたら秋の気配なので
もう検討しないといけない感じなのです。東京となんという違い…)
この「ランカスター日記」、ランカスター在住ではなくなったので
どうしようかなと考えているのですが、
しばらくはまだイギリス生活について思い出したように書いていきたいと
思うので、まだ終わらせずにおきます。
また時々のぞいてやってくださいね。

まさかの国際結婚組に。
イギリスでは結婚するためには必ず式を挙げねばならず
(市役所でも教会でも一般式場でも、とにかく式が必須)、
面倒くさいのと勝手がよくわからないので夫にほぼ丸投げしましたが
当日はとても素敵な式とパーティーになって
心から幸せだと思いました。
ありがとう夫。
もう7月だなんて!嘘だ!何かの陰謀に違いない!!
っていうくらいの速さで日々が過ぎていきます。
そしてやること・仕事が多すぎます・・・自分の処理能力のせいで。
今日は引越しの下準備として、もう着ない洋服とか、こっちで中古で買ったコートや
雑貨などのもろもろ(大きなスーパー袋3つ分の荷物になりました・・・)を
チャリティー・ショップへ持って行ってから市場へ買出しに行き、
これまた3袋分くらい買って帰ってきました。
チャリティーショップとは、日本でいうとリサイクルショップのようなものなのですが、
営業している団体がチャリティ財団なのです。
なので、買取はなく、持ち込んだ品物はすべて寄付。
売り上げはそのままチャリティーショップの資金源となります。
イギリスにはさまざまなチャリティーが存在します。主にランカスターで見られるのは
・心臓病の研究をするHeart Foundation
・障害者支援をするScope
・貧困・不平等問題に取り組むOxfam
・がん研究をするCancer Research
・お年寄りのケアに取り組むHelp the Aged
・心のケア・サポートをするSamaritans
・ホスピス団体のSt. John's Hospice
です。ランカスターのような小さな街でもこんなにあるくらいなので、
全国的に浸透しているシステムなのです。
買取をしていないので、高い値段をつけて利益を追求する必要がなく
Tシャツなどは大体一枚2ポンド〜5ポンド(200円台〜450円)くらいで買えます。
まさに貧乏学生の味方!!なので
蘭華も、冬物の毛織スカートなど、3枚買っても1500円くらいだったりして
それはそれはお世話になりました。
陳列されている品物はどれも綺麗にクリーニングされていますが
やはりよく見るとほつれがあったり、シミがあったりする品物もあるので
そこは中古品ですから、よく注意して品定めする必要があります。
でも、「なんでこんな綺麗なのにいらなくなっちゃったの?」と思うような服や品物も
あるのも事実なので、時々行って物色するのが恒例でした。
ランカスターは学生街ともいえますし、「留学期間の一年だけ着て
帰る時は置いていく」という人がたくさんいるので、余計に綺麗な品物が多いようです。
特に、アフリカからの学生は、母国ではコートを買ったことがない、という人もいるので
まさにそれはこっちで買ってこっちに置いていく、という典型ですね。
日本にいたときは、リサイクルショップに興味を示したことなんてなかったのですが
こっちに来てからはチャリティショップ以外で服を買ったことは数えるほどしかありません。
3回もあったかな?って感じです。4年弱もいたのに。
私ももうすぐ帰国ということで、もう着ない服、持って帰れない家電製品(ドライヤーとか)
などを寄付して帰ります。たぶん、これからももう少し寄付する品物が出るだろうなあ。
ちなみに、洋服に限らず、古本やカップ、お皿、湯沸かし器、ドライヤー、調理器具、
カトラリーなど、寄付できる品物の種類は多岐にわたっています。
プラスチックの収納棚とか、まだ綺麗で使えるものもたくさんあり
かといってebay(こっちでヤフオク的存在)に出すようなものでもないし・・・
というときに、チャリティショップは自分の良心を救ってくれるのです。
「きっとチャリティショップに出したら、欲しい人がいるんじゃないかな」と。
そしてそれが、また学生をはじめ、お財布事情の厳しい人々に引き取られて
大事にしてもらえるよね、と。
っていうくらいの速さで日々が過ぎていきます。
そしてやること・仕事が多すぎます・・・自分の処理能力のせいで。
今日は引越しの下準備として、もう着ない洋服とか、こっちで中古で買ったコートや
雑貨などのもろもろ(大きなスーパー袋3つ分の荷物になりました・・・)を
チャリティー・ショップへ持って行ってから市場へ買出しに行き、
これまた3袋分くらい買って帰ってきました。
チャリティーショップとは、日本でいうとリサイクルショップのようなものなのですが、
営業している団体がチャリティ財団なのです。
なので、買取はなく、持ち込んだ品物はすべて寄付。
売り上げはそのままチャリティーショップの資金源となります。
イギリスにはさまざまなチャリティーが存在します。主にランカスターで見られるのは
・心臓病の研究をするHeart Foundation
・障害者支援をするScope
・貧困・不平等問題に取り組むOxfam
・がん研究をするCancer Research
・お年寄りのケアに取り組むHelp the Aged
・心のケア・サポートをするSamaritans
・ホスピス団体のSt. John's Hospice
です。ランカスターのような小さな街でもこんなにあるくらいなので、
全国的に浸透しているシステムなのです。
買取をしていないので、高い値段をつけて利益を追求する必要がなく
Tシャツなどは大体一枚2ポンド〜5ポンド(200円台〜450円)くらいで買えます。
まさに貧乏学生の味方!!なので
蘭華も、冬物の毛織スカートなど、3枚買っても1500円くらいだったりして
それはそれはお世話になりました。
陳列されている品物はどれも綺麗にクリーニングされていますが
やはりよく見るとほつれがあったり、シミがあったりする品物もあるので
そこは中古品ですから、よく注意して品定めする必要があります。
でも、「なんでこんな綺麗なのにいらなくなっちゃったの?」と思うような服や品物も
あるのも事実なので、時々行って物色するのが恒例でした。
ランカスターは学生街ともいえますし、「留学期間の一年だけ着て
帰る時は置いていく」という人がたくさんいるので、余計に綺麗な品物が多いようです。
特に、アフリカからの学生は、母国ではコートを買ったことがない、という人もいるので
まさにそれはこっちで買ってこっちに置いていく、という典型ですね。
日本にいたときは、リサイクルショップに興味を示したことなんてなかったのですが
こっちに来てからはチャリティショップ以外で服を買ったことは数えるほどしかありません。
3回もあったかな?って感じです。4年弱もいたのに。
私ももうすぐ帰国ということで、もう着ない服、持って帰れない家電製品(ドライヤーとか)
などを寄付して帰ります。たぶん、これからももう少し寄付する品物が出るだろうなあ。
ちなみに、洋服に限らず、古本やカップ、お皿、湯沸かし器、ドライヤー、調理器具、
カトラリーなど、寄付できる品物の種類は多岐にわたっています。
プラスチックの収納棚とか、まだ綺麗で使えるものもたくさんあり
かといってebay(こっちでヤフオク的存在)に出すようなものでもないし・・・
というときに、チャリティショップは自分の良心を救ってくれるのです。
「きっとチャリティショップに出したら、欲しい人がいるんじゃないかな」と。
そしてそれが、また学生をはじめ、お財布事情の厳しい人々に引き取られて
大事にしてもらえるよね、と。
